ゲルト様昇天

「うわああああああぁぁぁぁ!!!!」
 寝覚めの悪い朝に辟易しているところに、大音声の悲鳴。
 ベッドから転げ落ちそうになりながら、なんとか、床に下りた。
「な…なんなのよ、一体…」
 私はあわてて着替えると、部屋の外に出た。
 丁度、トーマスが廊下の奥から走ってくるところだった。
「ちょっと、トーマス! 何があったのよ?」
「わからん、どうも、オットーの悲鳴のようだったが…」
 言葉短く、そんなやり取りをしつつ、私たちは階下に急いだ。


 食堂の入り口が人ごみになっていた。
 少し離れたところに、悲鳴の主であると思われるオットーが座り込んでいた。
 声をかけようかと思ったが、顔面蒼白でとても、まともな受け答えが期待できなかったので、食堂を覗く事にした。
 トーマスは、オットーに近づいていた。何か声をかけるつもりかもしれない。後で話を聞いてみよう。
「ちょっとゴメン。通して――」
 人ごみを押しのけて、食堂を覗き込む私。
 そこにあったのは、真っ赤な惨状だった。
 最初に思ったのは、ただ単に赤いな――とだけ。
 赤い原因は、どうも食堂の隅のテーブルらしい。
 赤い塗料をぶちまけたみたいに、赤い液体が広がっていた。
 赤い――というか、赤黒いと言うべきか…塗料だとしたら、あまり品の良い赤とは思えなかった。
 もっとも、それは塗料ではないのだろうけど…
 なぜなら、その液体の発生源には、やや原形をとどめた人影があったからだ…
 ここまでじっくり観察して、冷静に結論を出して――私の理性は悲鳴を上げた。
「ちょ…! あれゲルト!? なんなのよ一体ッ!!」
 今までみんなボーっとしてたのか、理解できてなかったのか…
 ともかく、私の声で現状を把握したのか、みんなパニックになった。
 クモの子を散らすように、食堂のドアから離れる。
 普通なら、ゲルトに駆け寄るものなのかも知れないが、正直恐怖のほうが勝った。
 それに、冷静に見ようが見まいが、あれは致命傷だ…
 認識してしまえば、後は早かった。
 むせ返るような生臭い臭気に、吐き気がこみ上げてくる。
 幸いと言うか胃液すら出ないのか、実際に吐くことは無かったけれど…
 みんな、悲鳴を上げるような恐慌には陥らなかったが、一様に青い顔をして、どよめきが広がっていた。


 どれくらい経ったかわからないけど、私の肩を誰かがポンと叩いた。
 恐る恐る、振り返ると、そこにはオットーについていたトーマスが立っていた。
「オットーから聞いた。村長も今戻ったらしい」
 確かに村長さんの声が聞こえていた。どうやら、すぐさま外の様子を見に行っていたようだ。
「とりあえず、片付けねばならんな…トーマス、ディーター手伝ってくれないか」
 言われて、トーマスと(嫌そうだったが)ディーターが村長さんと一緒に食堂に入っていく。
 その後に、レジーナがついていった。多分、清掃をするためだろう…
 とはいえ、あの惨劇の現場に踏み込むなんて、相変わらず並みの胆力ではないと思う。
 一時間ほど経ってから、村長さんたちは戻ってきた。
「後は、神父にでも弔ってもらうとしよう」
 神父さんはうなずくと、村長さんと一緒に外に出て行った。
 ディーターは、私のそばに腰を下ろすと、とてもゲンナリした顔で。
「しばらく、肉料理は食えそうにねぇな…」
 と、小声でつぶやいた。